良い土地

2018年07月29日
川崎 献一師
マルコによる福音書4:10~20

古代社会の人は、現代と違い神の直接的な作品に囲まれて生きていました。本日のテーマにもある土地、部分で言えば土です。現代の車社会はアスファルトで舗装された道路が大半です。森の道などは土も見えますが、古代には舗装された道などありません。最初の人アダムは、神によって土から造られました。神は土を使って命を誕生させました。土は人が返るべきところです。最近でこそ、日本では死者を葬る時、火葬して遺骨のみを残しますが、以前は土葬が多かったものです。先週の続きですが、イエス様は結論として私達の心が良い土地として整えられることを望まれています。

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福音の種蒔き

2017年07月22日
川崎 献一師
マルコによる福音書4:1~9

イエス様は地上に来られた以上、世の中の事柄を用いて例え話をされます。天国の話を地上の人間にストレートに伝えても解らないからです。種まきといえば日本にも農業はありますが、米を収獲するためには田植えなどは丁寧に行われます。只、イスラエルの種まきは、種を一握りづづアバウトに土地に蒔くという方法です。それこそ、日本では2月の節分で豆まきをするように所構わずに雑に投げることにも似ています。キリスト教では、豆まき等はしませんが、種まきを常時、行います。福音という見えない種ですが、その種の中には命が宿っています。 種まき行為は伝道の姿勢にも繋がります。イスラエル人の農家の人が種を蒔くとき、土地を選ばずに蒔きます。同じように福音を伝える人は、人を選んだりはしません。神の選びはあっても、人が人を選ぶわけにはいきません。これは、伝道する人は相手が誰であろうが聖書の御言葉を正しく語るということです。語る側が、この人に語っても仕方ないと思うようでは姿勢として間違っています。勿論、どんな人であっても実を結んでクリスチャンになるようにと祈り願って蒔いていきます。

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神の家族

2018年07月15日
川崎 献一師
マルコによる福音書3:31~35

教会に集まる人は神の家族とも呼ばれます。信仰とは個人的なものですが、1人での信仰生活には限界があります。それで、教会は霊的な家庭として、居場所を開放しています。どんな人も神の作品であり、神の御言葉に養われる必要があるからです。そして、独善的な信仰に陥らないため、お互いに祈り合い、励まし合う関係を目指していきます。家長はイエス様です。主の体なる教会とも言います。

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聖霊と悪霊

2018年07月08日
川崎 献一師
マルコによる福音書3:20~30日

私達は、聖書に基づいて聖霊(神の働き)を祈り求めますが、悪霊(あくれい)の存在があることも確かです。この世では悪霊と書いて「あくりょう」と読みます。「悪霊退散」と叫ぶ怪しい宗教もあります。本日の箇所は、イエス様が甚だしい誤解を受けているとも言えます。

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ホーリースター(ホーリネス誌 7月号の記事)

2018年07月

日本基督教団の中にホーリネスの群があります。毎月、ホーリネス誌が発行されています。7月号に私の記事も掲載されましたが、原文と多少違う表現になっています。編集部の方から前もって「趣旨を変えずに修正することもあります」と聞いていますので、編集された文の掲載を受け入れてはいます。  只、この表現は変えてほしくなかったという面もあるので、このホームページの場を借りて「原文はこうです」と表記してみました。

川崎 献一師

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何からの救い?

2018年07月01日
川崎 献一師
ローマの信徒への手紙10:5~13

本日は栃木地区の交換講壇といって、宇都宮教会の木村太郎牧師が上町教会で説教されました。私は、宇都宮教会(所在地・桜4-1-36)で説教したので、そのメッセージを掲載しました。

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