知らせなさい

2018年08月26日
川崎 献一師
マルコによる福音書5:1~20

一行が船で渡った、ゲラサ地方は天国のように素晴らしい場所だったでしょうか?イエス様に従っていく人生が、この世的に薔薇色であれば、日本人でも多くの人がクリスチャンになることでしょう。ゲラサ地方の住民は、殆どがギリシャ人です。ユダヤ人から見たら異邦人です。イエス様は、わざわざ一人の男に会いに行かれたのです。その男は危険人物です。悪霊に取りつかれていると表現されていますが、人間性を失っています。墓場を住まいとし鎖で縛りたくなる存在とは、まるで獣です。みんなから疎んじられている者に会いたいなどとは普通は思いません。イエス様に従った結果、弟子たちにとっては『一難去って、また一難』でしょう。

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全幅の信頼

2018年08月19日
川崎 献一師
マルコによる福音書4:35~41

イエス様の弟子たちは、今までイエス様に信頼して従ってきました。イエス様は群衆の前で話をされてきて疲れておられました。神の子とはいえ、人間イエスの弱さがあります。野外活動が多く、会堂の中で話をされる時も現代のようなマイクなどはありません。大声で話されたことでしょう。交通手段も徒歩が多く、多くの病人を癒される時、ご自身の体からエネルギーが出ていました。イエス様の働きは勿論、霊的なことであると同時に肉体労働でもありました。今回のように「向こう岸に渡る」時は、舟を使いました。弟子たちも行動を共にします。

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イエスの譬え

2018年08月12日
川崎 献一師
マルコによる福音書4:26~34

本日の最初の例えは、神の国はどう成長、発展をするかです。神の国というからには「最上の物」という大前提があります。人は国というと1つの国家を連想するでしょう。海外を旅して「ここに神の国」があったという国土のような目に見える物質的なものではありません。それをイエス様は成長する種という目に見える物で話されました。確かに、人が種を蒔き、日光が当たり、雨が降れば種は実を結ぶために成長します。もし、種に命がなかったら、種を蒔いても変化はなく、種蒔きの意味がありません。種が芽を出して成長するからこそ、人は喜ぶのです。人間の赤ちゃんでも、3才位が一番可愛いので、そのまま成長が止まってほしいとは思わないでしょう。勿論、子どもが思春期に入り反抗的な態度になると大変なので、小さい頃は可愛くて良かったとは思うでしょうが。でも、更に成長して大人になっていくことが親から見たら頼もしい筈です。

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公の光

2018年08月05日
川崎 献一師
マルコによる福音書4:21~25

クリスチャンの光の強さは「灯」に値するのでしょうか?この世の一番、強い光はやはり太陽でしょう。直接、見たら眩しすぎて危険です。静かな月光とは差があります。これは神の直接なる作品です。現代は、夜でも人々が生活できるように様々な人工的な光があります。野球もナイターが行われるのは煌々とライトがついているからです。また、24時間営業の店の存在も珍しくありません。最初の神の作品が光です。「光あれ」という御言葉一つで光が造られました。と同時に神は光の方です。神ご自身に光の性質があるからこそ、最初の被造物が光なのでしょう。人が神を信じられないのは何故か?人の側に闇があるからです。言い換えれば罪です。罪があると後ろめたくて神に向き合えません。神の光、清さを避けたくなります。人は、太陽の眩しさを避けようとしますが、太陽がなければ困るという矛盾があります。太陽がなければ、また雨が全く降らなくても生活に支障をきたすことを知っています。

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