エッファタ

2018年12月30日
川崎 献一師
マルコによる福音書7:31~37

本日のテーマは、口語訳聖書では「エパタ」と訳されています。「エッファタ」とはアラム語で「開け」という意味、更に「解放されよ」という意味深な言葉です。当時の病気や障害者は、悪霊に縛られていると思われ、悪霊からの解放が望まれていました。イエス様は、数々の癒しの御業をなさってきましたが、患者の体に手を置くだけ、中にはイエス様の服の裾に触れるだけでも病気が治るということもありました。その噂を聞いて、今回もイエス様の手当てを願った人々に対し、少し時間をかけます。穿った見方をすると、手を置いただけで癒せるイエス様が「勿体ぶった方法」で癒しをなさるようにも見えます。耳と舌に二重の障害がある人に対し、イエス様は憐まれました。この人が、今までの生活でどんなに苦しんできたか、そしてイエス様以外に頼る人はいないという信仰は私達も見倣うべきことです。

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救いの神様

2018年12月23日
川崎 献一師
ルカによる福音書2:8~20

本日は、毎週9時からの教会学校はなくて、10時半からのクリスマス合同礼拝でした。子どもと大人が共にイエス様の御降誕をお祝いしました。

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聖なる契約

2018年12月16日
川崎 献一師
ルカによる福音書1:67~80

本日のテーマは、72節の後半に書かれていますが、広い意味では聖書そのものを指しています。聖書は、神と人類の契約の書です。神は聖なる方です。この「聖」という言葉を私達人類は、どう捉えているでしょう?クリスチャンは「聖」という言葉を聞く機会が多いでしょうが、一般人でも神道の禊や清めなど、心の汚れを取り除く儀式を行います。また「聖子」という名の女性もいます。子どもたちには「心が清い人」と言っても分かりにくいので「心が綺麗な人」と話したりもします。人は無意識にも「聖なるものへの憧れ」があるようです。

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主を知る者となる

2018年12月09日
横山基生師
エレミヤ書31:31~40

本日、宇都宮上町教会では特別礼拝として志木教会(埼玉県)から横山基生牧師を、お迎えして説教をしていただきました。

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神の子

2018年12月02日
川崎 献一師
ルカによる福音書1:26~38

教会暦では、本日からアドベントです。それに対し、この世ではクリスマスシーズンと称します。サンタクロースの出番でしょうか?ある教会の中学生が、サンタとサタンは言葉が似ていると言いました。そして、サンタがクリスマスの主役になって、本当のクリスマスの意味を忘れさせようとしており、サタンの働きではないかと言うのです。勿論、サンタクロースの源はセント・ニコラスというヨーロッパのクリスチャンの尊い隣人愛の働きから始まっています。源は、神の御心に適っていても、後の時代にサタンの誘惑から堕落して偽のクリスマスが幅をきかせるようになりました。偽のクリスマスとは、聖書の内容を無視してイエス様の御降誕に無関心な姿勢です。クリスマスの名を利用した人間中心のお祝い事にしてしまいました。

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