アブラハムの子孫

2017年12月10日
川崎 献一師
ルカによる福音書1:46~56

「イスラエル」や「アブラハム」という言葉をクリスチャンは聴き慣れています。しかし、一般の人は違和感を持つようです。それで、旧約聖書を学ぶ必要が生じます。本日のテキストからは、イスラエル人へのメッセージに聴こえますが、「旧約P32 創世記22:17、18」の中のアブラハムへの御言葉「あなたの子孫」とは、マリアから生まれるイエス様に他ならないのです。地上の諸国民とあるからには、イスラエルだけの神ではないという新しい契約(略して新約)の時が備えられていました。

聖書は、日本人にも福音(グッドニュース)を伝えているからこそ、日本語訳聖書があるのですが、内容が日本人には関係ないと思われやすいのです。ギデオン協会は、新約聖書の普及に多大な貢献をしていますが、私もホテルの客室に泊まった時、ギデオン聖書がベッドサイドに置いてありました。と同時に仏教の本もあったので比べてみたら「これは仏教の方が読みやすい」と思いました。布教や伝道には、「分かりやすさ」は大事ですが、よく考えると「何々しやすい」という発想は、自分中心でもあるのです。例えば、話しやすい人としか交わらないというなら、神ではなく自分の感情に従っています。聖書が示す隣人愛とは違います。「聖書は、分かりにくいから信じない」と言われ、「ああ、そうですか?じゃあ、あなたは救われなくてもいい」とも言えません。それで、隣人への配慮としては「何々しやすい」ように工夫することは大事でしょう。

本日のマリアの信仰体験から学ぶことがあります。マリアが天使から聞いた言葉は決して「信じやすい」話ではありません。むしろ「信じられない」奇跡を告げられました。処女の妊娠ですが、マリアは信じてみようと神に委ねました。非常識ですが、素直です。赤ちゃんが親に甘えるのは本能です。この親は、本当に信頼できるかと考える赤ちゃんはいません。理屈抜きで、そのまま親に身を委ねています。泣き喚いたりもしますが、それは神への祈りに例えられます。マリアは、アブラハムの子孫なのでユダヤ教徒として祈ることを知っていました。アブラハム、イサク、ヤコブとイスラエル民族の先祖が信じた神の約束は真実です。マリアやエリサベトが崇めた方と同じ神です。天使の言葉を受け入れて信仰告白したマリアは、親戚のエリサベトの体験(胎児まで喜び踊った)を聞いて、更に確信を持ちました。それで、代々に残る賛美を純粋に神に献げたのです。その時のマリアは、自分の賛美の言葉が約2000年後も全世界に聖書を通して知れ渡るとは思ってもみなかったでしょう。聖書を普及させたのは神の意志です。最後の56節は、エリサベトとマリアの親密な関係を表わします。この3か月間、絶えず神を賛美し、祈り合う交わりを繰り返したことでしょう。私達も同じ聖書の神を信じて、時代も民族も超えて霊的な意味でアブラハムの子孫です。クリスマスは教会で過ごしましょう。

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