知らせなさい

2018年08月26日
川崎 献一師
マルコによる福音書5:1~20

一行が船で渡った、ゲラサ地方は天国のように素晴らしい場所だったでしょうか?イエス様に従っていく人生が、この世的に薔薇色であれば、日本人でも多くの人がクリスチャンになることでしょう。ゲラサ地方の住民は、殆どがギリシャ人です。ユダヤ人から見たら異邦人です。イエス様は、わざわざ一人の男に会いに行かれたのです。その男は危険人物です。悪霊に取りつかれていると表現されていますが、人間性を失っています。墓場を住まいとし鎖で縛りたくなる存在とは、まるで獣です。みんなから疎んじられている者に会いたいなどとは普通は思いません。イエス様に従った結果、弟子たちにとっては『一難去って、また一難』でしょう。

悪霊に取りつかれた男はイエス様の正体を知っていました。悪霊はサタンの手下ですが、大勢いることでレギオンという名前がありました。人類を混乱させる働きの一つとして、一人の男に取りついていたのです。イエス様に神の権威を認め、「苦しめないで、この地方から追い出さないで」と願います。悪霊なりに居場所が欲しいようです。イエス様は悪霊とも向き合われています。何と寛容な方でしょう。私達なら、さっさと悪霊など滅ぼせばいいと思ってしまわないでしょうか?悪霊は、豚の大群の中に移させてほしいと願いました。それをイエス様が許可されたのですが、ここにも神の意図があります。

ユダヤでは、豚は汚れた生き物とされていました。律法にもある通りです。ユダヤ人には羊飼いは多くいましたが、豚飼いはいません。いたら、それは異邦人だからということになります。豚は、2000匹も悪霊に取りつかれた結果、湖の中で溺死したとあります。この問題解決法に首を傾げる人がいるかも知れません。豚飼いたちにとっては、多大な被害です。財産を失い、死活問題になることでもあります。14節、豚飼いたちは、この出来事を人々に知らせました。本日のテーマと同じですが、内容が違います。本日のテーマは、イエス様の愛の命令ですが、豚飼いは財産を失った現実を嘆いて、イエス様に命令されていないのに、人々に知らせたのです。大量の豚は、死にましたが、嬉しい知らせがあります。それは、悪霊に取りつかれていた人が正気になったことです。豚の犠牲はありましたが、一人の男がイエス様によって救われたのです。でも、周りの人は喜ぶどころかイエス様を恐れています。イエスが登場したため、これからも財産を損失することや更に悪いことが、この地方で起きては困るということで、愚かにもイエス様を追い出してしまいました。この宗教観の違いは、現代でも起きています。

レギオンから解放された人は、イエス様の弟子志願をしています。自分を救ってくれた恩人を師匠として従っていきたいのでしょう。イエス様が「いいぞ。ついて来なさい」と言われたでしょうか?神の導きは、個人個人違いがあります。イエス様の12弟子のように直接献身が許された人たちもいれば、この人のように今までの場所に滞在して今回の出来事を人々に知らせるように導かれることもあるのです。

彼がイエス様に「付いて行きたい」と願ったのに、断られたからといって怒ったでしょうか?この地方には、自分の過去を知っている人ばかりなので、恥ずかしいと思ったかも知れません。それで新しい環境で人生再出発との思いがあったとしてもイエス様によってその自我は砕かれました。でも、イエス様には従っています。悪霊から解放されたことが、どんなに素晴らしいことか。多くの異邦人たちに言い広めました。最後に驚いたと書いてありますが、その驚きが自分に及んだ時には喜びになります。私達にとっては、罪からの解放です。イエス様の十字架の愛を信じるだけで永遠の命が与えられることに勝る喜びはありません。

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