素晴らしき楽園

2018年11月04日
川崎 献一師
コリントの信徒への手紙二12:1~12

本日のテーマは4節の楽園と7節の「素晴らしい」という言葉から付けました。これはパウロという人の実体験が書かれています。パウロは、元々はユダヤ教徒で当時の新興宗教・キリスト教の敵でした。クリスチャンを迫害することに熱心でしたが、イエス様の声を天から聴いた直後、3日間も盲目になり、断食までしました。その後、パウロは「目から鱗が落ちる」(この日本語は、パウロの経験が語源)ように価値観が変わりました。パウロはキリストと出会って、キリストを伝える神の器に造り変えられました。新しい人生を送るには体験が必要でしょう。

パウロは最初は14年前に自分以外の者が体験したことを聞いてきたように書いています。4節には「彼」とも書いてありますから。しかし、7節に「素晴らしいから」と実は体験したのはパウロ本人だったのです。具体的な内容は記されていません。まだパウロは、死んでもいないのに特別な体験をしてきたのです。2節の第三の天とは、元々のユダヤ教では、第一の天は空高く雲のある所、第二の天は更に上の無数の星がある所、今で言う宇宙空間です。第三の天こそ、神が住んでおられる所、いわゆる天国です。ここにパウロは引き上げられたというのです。つまり、自力で行ってきたのではなく、正に神秘体験をしてきました。これは多くの人に誇りたいことです。普通のキリストの弟子では体験できないようなことを神がパウロには与えておられたなんて、何とパウロは幸せ者でしょうか。でも、この体験を誇ってしまっては霊的傲慢と思われるからこそ、人の経験のように記しました。それも神の知恵です。そして、この体験が聖書に神の言葉として記載されているということは勿論、真実だからです。

死後の世界は存在します。人が無になることはありません。その死後の楽園をパウロは地上に生きている間に体験することが神によって許されました。イエス様の直弟子は12人いましたが、その弟子たちより後輩のパウロの手紙が一番多く新約聖書に書かれています。迫害を多く受けてきたパウロには更に重い十字架が担わされました。それを「一つの棘(とげ)」とかサタンからの使いと表現しています。恐らく、パウロにとっては何らかの持病があったのでしょう。パウロは正直に「この病を癒して下さい」と3度、祈り願いました。その時に9節の御言葉です。神は地上にいる間は、その病気と付き合っていけとばかりに、それも恵みとして与えられていると言われています。/p>

現代は心の病の人が多くいます。例えば鬱病であっても症状に個人差もあるでしょう。ある鬱病の人が薬を飲み続けていて「この病気は和らぐことはあっても治ることはない。どう付き合っていくか聖書からヒントを得た」と言いました。9節の御言葉が目に留まったそうです。パウロは、キリストを信じて罪が赦されても自分は弱いと認めています。その弱さ故に神に頼るしかないので、神の絶対的な必要性を知り、神によって強められるのです。  本日のテーマに基づく信仰があれば 苦しくても、そのキリストにあっての人生を全うした後に楽園が待っているのです。

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