救われた後

2016年08月14日
川崎 献一
創世記9:18~28

キリスト教で言う「救い」とは、目には見えない魂の救い、罪の赦しですが、この聖書物語では大洪水を受けた人類の中でノアの家族だけが、箱船に乗って生き残ったという地上的な救いです。しかし、いずれも罪からの救いです。大洪水で滅ぼされた民は、神に従わなかった罪の結果ですが、救われた者たちのその後の人生での姿勢を神は問われます。

新約時代は、主イエスの十字架上での贖罪によって、私達の魂が救われたと信じた時、水で洗礼を受けます。ノアの時代の大洪水にも洗礼の意味があります。当時は人類全体の再スタートですが、私達には各自の人生の再スタートですし、ノア家族にとっても人生の再スタートでした。ノアの子孫の私達も本日のノアのように、失敗はよくするでしょう。

クリーンなイメージがあるノアの失敗とは、何か?箱舟造りのため建設の仕事をしていたノアは、洪水後、農夫になっていました。ぶどうから出来た酒(ワイン?)に酔っ払い裸になっていた醜態を見た次男ハムが兄弟に告げ口しました。聖書での唯一のノアのセリフが、ハムの息子カナンを呪う言葉です。

ノアの息子のセムからアジア系、ハムから黒人系、ヤフェトから白人系が増大したと推測されています。勿論、長い歴史の中での民族間の混血もあり、上下関係から奴隷制度の歴史もあります。新約時代は、既に主が約2000年も前に、全人類の身代わりに十字架上で裁かれ、呪われて下さっています。この救いの後、クリスチャンは、神に感謝の礼拝を献げて生活しているかがキーポイントです。

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