子孫繁栄

2016年08月21日
川崎 献一
創世記10章

有名なノアの物語とバベルの塔の物語に挟まれた、本日のテキストです。しかし、ノアの子孫の人名の羅列に「つまらん!関係ない!」という声が聴こえそうです。聖書は、系図を重んじます。本日のテーマは、神の御心です。祖先があって今の自分たちにも繋がっており、この系図の流れが長い時を経て、分かれ分かれて日本民族にも繋がっていくのです。といっても、そんな理屈は、今の自分の生活には関係ないと思ってしまうものです。

聖書からメッセージとして読み取るためには、こう考えてみましょう。例えば、震災があって死者や行方不明の人達の名前がテレビ等で放送されます。殆どが知らない名で、被害者たちのことを「可哀想に」とは思っても、他人事です。しかし、知人いや親しい人の名が出てきたら感情が揺れ動くでしょう。また「その人は同姓同名なだけで、赤の他人であってほしい」と思うことにも自己中心性があります。

キリスト教に「隣人」という言葉があるのは、どんな人でも、神に愛をもって造られた者という意識で人と接するなら「隣人」と言えるのです。前述の「赤の他人」という考えは、神が望まれる「神と人との関係」と「隣人同士の関係」と真っ向から対立しています。

ノアの時代の大洪水は、人類の大改革でしたが、アダムの子孫には変わりありません。ノアの3人の息子から民族は大別されます。何故か3人目のヤフェトから記されていて、この子孫はヨーロッパに広がる白人系です。ハムの子孫は、アフリカ大陸に及ぶ黒人系、そして、セムがアジア系、私達日本民族も含まれる黄色人種です。勿論、混血の歴史も繰り返され、多様性の進化もあります。現代の中国では人口増加を抑えるため「一人っ子政策」を施したり、逆に日本は、非婚者の増加や子どもも多くは要らないという夫婦も増えて少子化が続いています。神は、人の自由意志を重んじつつも、本来の神の御心から外れている人々に、福音(真の幸せ)への導きを与えて下さいます。

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