命の水

2016年08月28日
川崎 献一
ヨハネによる福音書7:37~39

夏が終わろうとしています。暑い時期は、喉が渇き水分補給が大事です。熱中症にならないようにとは世間でよく聞く言葉です。水も神の作品です。聖書では、物質的なことは一時的で生きている間は大事でも、霊的な事柄には劣ると示します。そこに世の価値観とのギャップがあります。

日本人も祭りは、好きな人が多いでしょう。聖書にもユダヤ教の祭りのことが記されています。神に感謝と喜びを献げる祭り、日本でも宗教に起源がある祭りでも、人間中心に俗っぽく楽しむ傾向があります。ユダヤ教の祭りも、主イエスの目から見たら堕落していました。主は、人が多く集う祭りのクライマックスを見越して叫ばれた本日の御言葉は意味が深過ぎて、多くの人がついていけません。罪人に、聖なる神の御心は、わからないのです。

わかりやすく言えばこうです。「誰でも、本当の幸せがほしい人は、私の元に来なさい」と。人は、本当の正しさに飢え渇いているのです。実感がないかも知れませんが、心の闇は、それを表しています。世では、金持ちになったり、有名になって幸せに見える時もあります。でも、最近の芸能界を騒がしているSMAPの解散報道や若い俳優の高畑容疑者の逮捕などからも示されるように幸せの幻想なのです。心に闇(罪)がある証拠でしょう。

本当の幸せは、地上の命で終わらない永遠の命に繋がる道です。それが、本日のテーマです。それは信じた人のみならず、キリストの命を宿した信者から川のように流れ出る影響力が伝道に繋がるのです。それは、見えない聖霊の働きによります。それを見える水で例えているのです。形式的な信仰なら死んでいるようなものです。生きた信仰は、地上の一時的な喜びではなく、永遠の命の約束に基づきます。主が十字架で死なれ、神の栄光を受けて神の時がきたら、聖霊が降り注いだのです。

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