救出作戦

2016年11月13日
川崎 献一
創世記14:13~16

本日は、上町教会では子ども祝福式がありました。日本での「七五三お祝い」に対し、教会では、真の祝福を主イエスの御名によって行う証しです。異教の慣習に対抗しているのではなく、異教を慕う人々をも、神は愛され真理の道へと招いているのです。そのことも意識して本日は、子ども特に正義の味方(ヒーロー)が大好きな男子が喜びそうなテーマにしました。

しかし、聖書当時の現実は大変です。王同士の戦争に巻き込まれ、捕虜となった甥ロトの命が危ないのです。神は、一人の男を逃げ延びさせ てアブラムに伝えさせました。現代なら、情報伝達の方法などいくらでも、ありそうですが、神は道を外したロトを愛しておられました。現代の教会は、受洗者を神の家族として兄弟姉妹としますが、未受洗者を求道中として親族と見るようにしてもいいでしょう。

アブラムは、神によって味方が備えられていました。 老人一人では、助けようがないところ、同盟を結んでいて戦いの訓練を受けていた奴隷318人が追跡し、ロトのみならず、財産も他の捕囚人も取り戻したというのです。その作戦内容に興味を持って映像などで分かりやすく、知りたいところでしょうが、私達は想像するしかありありません。大事なのは、神によって救出作戦が練られ、実行に移された事実です。

現代の教会は、武器など持たず祈ります。クリスチ ャンは、武力による戦争にも反対します。むしろ、神の武具を身に着けます。人を敵と見ない私達にも、見えない敵がいます。それは、罪を人類にもたらした悪魔です。罪から救われる必要は、どんな人にもあります。主イエスの十字架は、神の究極の救出作戦でした。誰が、こんな方法を思いつくでしょうか?罪なき方の自己犠牲による死に対する勝利です。アブラムが用いられての地上的勝利にもロトは、感謝したことでしょうが、私達は一時的な勝利(困難からの解放)に満足せず、罪から救われた永遠の勝利(命)に感謝します。

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