聖霊を求めよ

2017年1月22日
川崎 献一師
ルカによる福音書11:5~13

教会に集う人のモチベーションは様々です。中には悩みがあって教会に来てみた人やクリスチャンホームだからとかキリスト教保育の幼稚園の関係でという人も多いでしょう。友達や知人に誘われたからもあります。でも、本日のテーマに応えるかのように「聖霊を受けたいから」という言葉では、あまり聞きません。まず、現実の悩みからの解決です。病気の人は「早く治りますように」と、それこそ本音で祈るのです。求めなさいと言われているように祈り求めます。病が癒されたら感謝です。実はこれは聖霊を求めるようになる前のきっかけとしての祈りです。神が病を癒されることを「神癒」と言います。

探しなさいとは、何を?将来の進路?幸せになる方法?老後の平安の道?などを模索するのか?神社に行って祈願するのではなく、勿論イエス様の御名によっての祈りです。最初は、暗中模索だった探し方から、聖書を読んで導かれて、この世の幸せを探求すること以上の幸せがあることを知ります。門を叩きなさいとは、何からの救いか初めは、はっきりしなくても、「幸せになるための入門」の戸を叩くかのように、教会に通い続けてみます。「キリスト教入門講座」を開いている教会もあります。そして、家でも聖書を読んで祈るのです。後から、罪からの救いが必要だと悟らされます。実は、救いの道はイエス様の十字架の功績によって、既に開かれています。今迄、その真実に気付かずに生きていただけです。

私達の人生にとって、お金、健康、人間関係も大事ですが、決して信仰より上にくるものではありません。悪い者つまり、罪人が赦されるための信仰こそ不可欠です。罪が赦されないのに清められることはありません。罪人も、聖霊を受けたら、変えられていくのです。それで「聖霊を求めよ」というテーマにしました。形だけでなく、心から祈り求め続けている人に「聖霊を与えない」という神など有り得ませんから。是非、「聖霊を与えて下さい」と毎日、祈り求めましょう。教会にも行ってみましょう。

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