愛の逃避行

2017年02月05日
川崎 献一師
創世記19:1~29

このテーマは、男女の駆け落ち話にも聞こえますが、男女の愛ではありません。神の愛の招きです。天使2人が神から遣わされました。救われるためには、ソドムという町から逃げよという神の御心をロトに伝えるためにです。人の姿をとった天使が来た時、ロトはソドムに門の所にいました。ロトはイエス様の先祖に当たるアブラハムの甥で、しばらくはアブラハムと行動を共にしていましたが、召使同士が争うことから途中で別れました。そして、最初は「主の園」にように見えたソドムに住むことにしました。物質的には栄えて人口も多かったソドムですが、道徳的には堕落していました。叔父アブラハムのように神を畏れている人とは、明らかに違う人々の罪深い快楽的生活にロトは心を痛めていました。        

ロトの言葉にも、驚きます。押し掛ける男達から天使たちを守ろうとするのに、交換条件として自分の嫁入り前の娘たちをケダモノのような男達に渡そうと言うのです。でも、ロトは男達が女には興味がないことを知っています。また、娘たちよりも神の人たちの方が優先される信仰もあります。本来なら神に喜ばれる男女間(それも1対1の夫婦間)であるべき性的秩序が乱れている社会への警告でしょう。ソドミーという英語は、「男色」という意味ですが、このソドムに語源があります。ソドムのために祈ったアブラハムですが、10人もの正しい人がいなくてソドムは滅んでも、甥ロトは救われました。アブラハムの胸中は、複雑だったでしょうが、神の御業を受け入れることこそ、信仰です。ロトの優柔不断な信仰も、アブラハムの執り成しの祈りが聞かれ、神の憐みによる「愛の逃避行」が実現しました。

先週の水曜日から教会暦では、レントに入りました。主イエスの十字架を深く想う時期(今年は4月15日迄)です。この世や人生が大変な人の避難所としても、教会は立ち続けています。神の下に逃避することは、本当の賢さです。神の愛(聖霊の働き)による力を受けてから、罪深いこの世に遣わされていくのが本来のクリスチャンです。 

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