愛の葬り

2017年07月09日
川崎 献一師
創世記23章

本日は、アブラハムの妻サラの死と、その葬りの姿勢を学びます。聖書は、男性中心の目線で書かれ、女性蔑視の傾向があります。男性の名前の方が、圧倒的に多く記され、有名な登場人物は、享年も記されています。例えばアダム930才、ノア950才と、女性の享年年齢は記しませんが、サラだけは例外でした。127才、夫より10才若いのですが、夫より38年も早く死にました。現代の日本人の平均寿命は、女性の方が男性より長生きします。アブラハムの場合、まだ神への御計画がありました。長年、連れ添った妻の死、その悲しみは計り知れません。 

現代では、夫と同じ墓に入りたくないため、夫の定年退職後、熟年離婚する人が増えています。生前の夫婦関係が問われます。アブラハムは神に合わされたサラへの愛の深さを葬りの姿勢から現わしています。アブラハムは、エフロンの本音に応じて、気前よく土地を買い取ることにしました。この土地は、神に与えられると約束されたカナンの土地の一部です。神から与えられてあった財産から購入して墓地の所有者となったのです。これは、アブラハムとエフロンが個人的にやり取りした密会の交渉ではありません。ヘト人の前で行ったことは、公共性があり、何よりも聖書という永遠のベストセラーに記録されました。妻サラが葬られた墓地には、後にアブラハムも葬られます。更に息子のイサク夫婦、孫のヤコブ夫婦も葬られることが聖書に記されています。アブラハムが寄留者なら、墓地なんてどうでもいいのにと思う人もいるかも知れません。確かに人が死んだら、その魂は神だけの領域に入れられます。でも、地上で神が望まれることは、人が自発的に神を証しすることにもあります。諺に「旅の恥は掻き捨て」とか「後は野となれ山となれ」という都合がいい言葉がありますが、罪人らしい発想です。神は天国におられる方で目に見えませんが、地上をも造られ、生きている人達とも共におられます。人の自由意志を重んじつつも、この世をも支配されている方です。アブラハムは、旧約時代の信仰者なので、新約時代の私達以上に、目に見える形で神を証しすることを重んじていました。アブラハム夫妻は長寿を全うしましたが、子孫のために墓地を備えました。タダで譲られた土地なら、子孫が負い目を持つことも考えられます。本日のエフロンは、友好的な態度でアブラハムに接していますが、子孫までがそうとは限りません。多くの人がいる前で、アブラハムは妻のみならず、自分を含め子孫も、同じ神の約束を証しできるようにしました。勿論、信仰の父・アブラハムは、日々、神に祈って神からの知恵を受けて、このように導かれたのでしょう。アブラハムの享年175才は、現代人には驚くべき長寿ですが、永遠ではありません。世は仮住まい、真の故郷は天国です。

上町教会には、グレースヒルという墓地がありますし、教会堂も100年たっても大丈夫という建築設計されていることも、神を証しするためです。神の素晴らしさを自分の信仰生活から人前で話すことも証しといい、毎月の伝道礼拝の中でも行われています。話しをする以外にも、形に現わすことで神を証しできます。本日のテキストは、愛するサラを葬ったことを神は豊かに祝福されているのです。生前のサラの女奴隷ハガルへの冷たい態度、妊娠する前の不信仰な笑いなども聖書は記していますが、そんなマイナス面を赦す神の愛、特に夫アブラハムが罪を悔い改めて、いかに忠実に神と共に歩んだか。アブラハムの信仰生涯からも学ぶことは多くあります。

 

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