祝福の継承

2017年10月08日
川崎 献一師
創世記26:15~25

現代でも、土地問題はなくなりません。国際的には、北方領土や韓国との竹島の問題、身近な場所にも問題を抱えて裁判になることもあります。神の視点からは、全てが神の所有物です。人類にとっては賜物として一時的に預かっている物に過ぎないのですが、お互いが主張を譲らなければ解決できません。  イサク自身は、争いを避けるタイプですが、僕(しもべ)の羊飼い達が争ってしまいます。冷静なイサクは、その争ったことを記念にして井戸に名前をつけました。他の場所に井戸を掘っても、争いが生じます。これは最初から相手を敵視していることで、イサクはまた井戸の名前をつけました。聖書は、名前を出来事の記念で付けたり、各人物の名前にも意味があることを表します。イサク自身の名前の意味は「笑う」です。笑いにも種類がありますが、両親は喜びの笑いとして付けました。争いが続いては笑う心の余裕はありません。平和に歩んでこその笑いです。

<先週の箇所で、イサクは父アブラハムから「信仰と共に罪まで継承していた」ことを学びましたが、罪を悔改めて神の御心を求めつつ忍耐して歩むことで「祝福の継承」がありました。聖書では「幸福」という言葉より「祝福」という言葉の方が圧倒的に多く使われます。それは祝福は真の神からしかこないからです。神の祝福を受けた人が幸福にもなれるということです。日本人は「福」という言葉が好きですから、「福音」という翻訳は適切でしょう。英語では「ゴスペル」です。そのイエス・キリストの福音を伝えることが、伝道者の最大の務めです。本日は、牧師を養成する神学校日でもあります。その尊い働きに神の祝福を祈ります!/p>

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