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「神の家に仕える」ルカによる福音書16章1-13節

2023年9月24日
牧師 武石晃正

 昼間は汗ばむほどに暑さを覚えるところですが、朝夕の空気に秋の訪れを感じられるようになりました。しばらく姿を見せていなかった小動物たちもなんとか夏の盛りの厳しさを乗り越えたようで、敷地内の地面を駆け回るようになりました。
 「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる」(ルカ12:24)との御言葉を覚えつつも、色づく田んぼを眺めては農家の方々の知恵と努力に頭が下がる思いです。その上で「大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です」(Ⅰコリント3:7)と、目に見える働きよりも背後で働かれる見えざる神の御業によることを私たちは知っています。

 本日はルカによる福音書から「不正な管理人」のたとえとして知られる箇所を開いております。この箇所を中心に「神の家に仕える」と題して考えて参りましょう。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

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「主が赦して下さった」ルカによる福音書15章11-32節

2023年9月17日
牧師 武石晃正

 「孝行のしたい時分に親はなし」とはよく申したもので、敬老の日どころか誕生日も祝うこともできないまま今年の3月には横浜の義母の遺影に向き合うこととなりました。子である者がこの年齢にもなりますと母の日、父の日、誕生日がみな同じような趣になりまして、実家筋では年中だれかしらの敬老を祝っているような気がいたします。
 使徒パウロは「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます」(ローマ14:5)と述べております。宇都宮上町教会では毎年この時期の主日礼拝を敬老感謝礼拝あるいは敬老祝福祈祷とし、今年も年配の方々を主の祝福を受け継ぐ者として一層に敬うことを覚えて祈ります。

 本日はルカによる福音書から2人の息子を持つ父親のたとえ話の箇所を朗読したしました。この箇所をもとに「主が赦して下さった」と題して思いめぐらせて参りましょう。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

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「十字架を背負う」ルカによる福音書14章25-35節

2023年9月10日
牧師 武石晃正

 皆さんは十字架という単語を聞いたときにどのような印象を抱かれますでしょうか。教会やキリスト教学校に通っておられる方であればイエス・キリストが磔(はりつけ)にされた十字架を思い起こすことでしょう。
 あるいはキリスト教とほとんど関りがない方にとっては地図記号が示す病院であったり映画で見かけた墓地であったりと、単なる意匠の一つに過ぎないのでありましょう。神聖さを感じる人もいれば死を連想するので不吉だとおっしゃる方もおられます。

 ヨーロッパでキリスト教が広まるにつれ救い主キリストの贖いの象徴となりましたが、十字架はコンスタンティヌス大帝が廃止するまで重罪人の処刑方法でした。罪のない方がひとたび己を全き犠牲(いけにえ)として神にささげたことを覚えつつ、本日はルカによる福音書を開き「十字架を背負う」と題して思いめぐらせましょう。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

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「神からの誉れ」ルカによる福音書14章7-14節

2023年9月3日
牧師 武石晃正

 9月に入り、朝夕の風に秋を感じられるようになりました。景色を見渡せば田んぼの稲が色づきつつあり、穂先が垂れ始めています。
 季節になれば当たり前のように眺めている光景ではありますが、稲という一つの作物だけを同じ場所で作り続けられるということがとても不思議に感じます。同じ作物だけを植え続けていれば連作障害が起こりそうなものですが、農家の方の知恵と技術と努力によって今年も田んぼは黄金色の誉れを受けることになりましょう。

 豊かに実った稲が頭を垂れるように、人もまた誉れを戴くときには身を低くするものです。本日はルカによる福音書を開き、「神からの誉れ」と題して考えて参りましょう。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

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「正しい服従」ルカによる福音書14章1-6節

2023年8月27日
牧師 武石晃正

 教会暦は主の降誕を祝うクリスマスから1年が始まり、終末における主の来臨を待ち望むアドヴェントで一巡します。1年52週あるいは53週のうちで最も長い期間が聖霊降臨節であり、今年はペンテコステから始まって22週あります。
 聖霊降臨節はペンテコステにおいて使徒たちに降った聖霊の働きを覚える期間です。主キリストが聖霊によって世にお生まれになったように、キリストの体である教会は主の霊が降って地上に生まれました。

 福音書からキリストを知るということは各々の信仰者をみもとへ近づけるばかりでなく、教会が主のみからだとして十字架を担いつつ再臨を待ち望むための備えでもあります。本日は朗読したルカによる福音書を中心に「正しい服従」と題して進めて参りましょう。

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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

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