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「自分の十字架を負う」マタイによる福音書16章13-28節

2021年3月7日
担任教師 武石晃正

 3月に入り、レント(受難節)は3回目の主日を迎えました。今週で40日の半分が過ぎようとしています。
 公生涯として知られるイエス様の宣教の歩みは、その3年あまりのうち初期あるいは前半を主にガリラヤ地方で進められました。ガリラヤと周辺地域へ神の国の到来を告げ知らせつつ、弟子たちを教え、訓練しました。

 いよいよエルサレムを目指してユダヤ地方へ向かおうという折り返しにあたり、イエス様が弟子たちを呼び集めてお話をされました。

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1.信仰告白の上に建てられる教会
 ガリラヤという地方は今でいうパレスチナの北部にあり、ユダヤ人が多く住んでいました。そこからさらに北へ進むと、フィリポ・カイザリアというローマの植民地がありました。イエス様は弟子たちを連れてユダヤ人が少ない土地へ退き、次の働きに備えてここまで宣教活動の振り返りをされました。

 12人あるいは72人という数の弟子たちが町や村へと遣わされ、福音を告げ知らせると同時に各地の様子を見聞きして戻ってきました。その弟子たちにイエス様は「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになりました。「人の子」とは救い主の称号であり、しばしばイエス様がご自身について用いておられます。ご自分の評価を求めたというよりも、どれだけ正しく天の国が伝えられているのかを確かめられたということでしょう。
 「洗礼者ヨハネ」「エリヤ」「ネヘミヤ」「預言者の一人」と言い方は違いますが、いずれもかつて神様から遣わされた偉大な預言者たちです。共通するところは、神様から遣わされた方であり、力あるわざを行う預言者であり、よみがえりとして世に現れたということです。当たらずとも遠からず、あるいは「このような存在であってほしい」という人々の願望が込められています。

 そこでイエス様は改めて「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と、弟子たちに自分たちの言葉で答えさせました。その場に何人の弟子たちがいたのかは書かれていませんが、彼らを代表してシモン・ペトロが答えました。「あなたはメシア、生ける神の子です」と。これはかつて強風が吹き荒れるガリラヤ湖で、水の上を歩いて来たイエス様が沈みかけたペトロを助け上げた際に舟の中にいた人々が口にした言葉と同じです。
 既に弟子たちの間ではイエス様が神の子であると信じられていました。そこでイエス様は彼らに、町の人々のように思い思いにではなく、キリストの弟子として一つの思いであることを求められました。弟子たちの筆頭としてペトロは皆の思いを一言で答えました。

 ペトロを祝福した上で、イエス様はこの信仰告白について大切な宣言をされました。「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」とは、「この一枚岩の上に」と訳を補うことができるでしょう。
 問答の中ですので、受け答えをしているペトロに「天の国の鍵」が授けられたとの流れで記されています。この鍵が示すところの地上で解いたりつないだりする権威について、福音書は弟子たち皆に与えられていることを示しています(18:18-20)。その箇所では弟子たちが心を一つにして求めるときに天の父が地上でそれをかなえてくださると約束されています。つまりイエス様は一枚岩の信仰告白の上に教会をお建てになると約束されたのです。

2.自分の十字架を背負う
 弟子たちの信仰告白を確認し、「この時から」イエス様はご自身の役割について核心部分を明かすようになりました。ユダヤ地方のエルサレムへ向かうことと、受難受苦の予告です(21)。

 長老とはサンヘドリン呼ばれるユダヤ最高議会の議員で、祭司長はエルサレム神殿に仕える祭司たちのかしらです。律法学者たちは契約の書とイスラエルの伝承を司る宗教指導者であり、議員から庶民に至るまであらゆる層のユダヤ人に影響を及ぼす権威です。
政治と宗教のそれぞれの最高府から手配され、ユダヤ全土にくまなく触れられることになります。逃れようのない包囲を受けて、苦しめられ殺されるということをイエス様は弟子たちに打ち明けられました。「わたしを神の子だと信じてくれるなら、3日目に復活することも受け入れてくれるだろう」という思いからでしょう。

 これまでイエス様を神の子だと信じて従ってきた弟子たちにとっては、俄かには受け入れらない話でした。「人の子」がユダヤ当局の鼻を明かすことはあったとしても、彼らに負かされるはずがありません。ましてや人の手によって殺されるなど決してあるはずがないことです。
 ざわつく弟子たちを制しながら、ペトロはイエス様をわきへ連れ出しました(22)。「そんなことがあってはなりません」とは「神の子が人の手に陥るなどあるはずがない」ということでしょう。あるいは「あなたは神の子なのに何を弱気なことを言っておられるのか。気をしっかりなさい」とも受け取れます。励ましの言葉のようですが、イエス様はその本心を見抜かれます。

 「サタン、引き下がれ」とイエス様はペトロを退けます(23)。親切から出た言葉に対して随分と言い方に聞こえます。「神のことを思わず、人間のことを思っている」とペトロに向けられていますが、他の弟子たちに胸の内をも言い当てています。
 ガリラヤの漁師たちは網と舟を置いてイエス様について来ました。他の人たちも職業を手放して従いました。それはナザレのイエスがイスラエルの王になってこの国を支配すると期待してたからのことです。それなのに、王になるどころか捕えられて殺されると当の本人が言い始めたわけです。我々が捨ててきたものを一体どうしてくれるのか、先がないというならこれ以上はついて行くわけにはいかない、という不満が生じます。

 イエス様はペトロをなだめながら、弟子たち全員に向き直ります。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と決断を迫りました(24)。網を捨てた、職業を捨てたと言うけれど、手から離しただけで腹の内にはまだしっかりと抱えたままはないか、と言い当てられたのです。
 「自分を捨て、自分の十字架を背負って」と言われています。イエス様はご自身を指して「わたしの十字架を背負って」と言わずに、各々が自分の十字架を背負うように命じました。もしここでゴルゴタのあの十字架を示して「わたしの十字架を背負え」と言われていたら、とても大きすぎて誰一人として背負うことはできないでしょう。

 当時、十字架と言えばローマの処刑方法の一つで、ユダヤ人が用いることはありません。ユダヤ人にとって「異邦人の手に落ちて侮られながら殺される不名誉の死」を意味しますから、ここで言われている十字架は一切の権利が手放され自分の意思が及ばないほどに「自分を捨て」られた状態の最たる例と言えましょう。
 「自分の十字架」と言われています。苦しみ方や感じ方はそれぞれに異なるのです。それは必ずしも捨てたものの大小によりません。ある人にとっては大した苦労でもないことが、別の人にとっては死ぬほどの苦痛を伴うこともあるでしょう。自分の十字架ですから、他の誰かと取り換えることができない、たった一つの生き方です。

 これらの教えの最後に「ここに一緒にいる人々の中には、人の子がその国と共に来るのを見るまでは、決して死なない者がいる」と意味深な一言で結ばれています。マルコによる福音書では「神の国が力にあふれて現れるのを見るまで」(マルコ9:1)と記されています。神の国が力にあふれて現れるとは、まさに復活と聖霊降臨(ペンテコステ)のことです。
 福音書を読んでいる私たちは既にイエス様の復活を知っていますが、弟子たちはイエス様に会うまでは復活を信じられずにいました。イエス様が逮捕された時点で弟子たちは死の覚悟を迫られます。「決して死なない者がいる」とのイエス様のおことばは、「決して早まってはならないよ」「生きて必ずまた会おう」と彼らの胸に響いたことでしょう。

 弟子と呼ばれた者たちは何百人といましたが、多くの者が去っていきました。「自分を捨て、自分の十字架を背負って」イエス様に従った者だけが復活の主にお会いできました。

<結び>  
 私たちは初め誰かに連れてこられてイエス様に出会います。親きょうだい、キリスト教のこども園や学校、伝道集会や近くの教会などを通して、イエス様を知るようになります。そしてある時、聖霊の促しによってイエス様を救い主である神の子として受け入れて、洗礼の恵みにあずかります。地上にありながら天の国の民とされ、信仰告白に基づいて教会に加えられます。
 教会につながりながら見様見真似でキリストの弟子として歩み始めます。この時点で既にキリストの弟子には違いないのですが、かつての弟子たちのように「わたしに従いなさい」と改めて迫られる日が来ます。その場ですぐに従うことができる人もいれば、自分を捨てるためにいくつかの困難を通らされる人もいます。

 キリストの弟子として地上を生きるので、むしろ困難の方が多いことです。この困難の中で「自分の十字架を背負って」すなわち「自分を捨て」主に従って生きるので、私たちは地上においても世を去るときも神の国につながれています。

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