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「異邦人の救い」マタイによる福音書8章5-13節

2021年7月18日
担任教師 武石晃正

 昨年以来のコロナ禍はいまだに終息の糸口が見えないようです。この1年で世の中は急に大きく変わってしまい、学校の授業などをはじめとしてリモートやテレワークと呼ばれるものが一気に普及したようです。
 インターネットを用いる技術ですので、国内に限らず海外にいる人々とも顔と顔を合わせることがとても身近なものとなりました。その一方で移動が制限されているために、国外どころか隣県に住む友人と会うこともままならない世の中でもあります。

 世界が近くなった反面、ご近所が遠くなったような不思議な思いがいたします。イエス様に遣わされた弟子たちがユダヤから出て行ったとき、神の国と全世界とが一気に近づきました。新しい時代を迎えるにおいて、本日はマタイによる福音書より「異邦人の救い」と題してお話を進めて参ります。


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1.カファルナウムの百人隊長 (マタイ8:5-7)
 ガリラヤ地方の山辺で人々に教えを説かれた後、イエス様は山を下りられました(8:1)。向かった先はカファルナウム、使徒ペトロやヨハネたちの出身地です。イエス様はユダヤのベツレヘムでお生まれになり、ガリラヤのナザレでお育ちになりましたが、救い主メシアとしてのお働きはこのカファルナウムから始まったと言ってもよいでしょう。
 いよいよこれからイスラエルの家の失われた羊を探して救い出そうとするにあたって、初めにやってきたのがなんと異邦人であるローマの百人隊長でした(5)。聞けば彼の従者の一人が重い症状に苦しんでいるというのです(6)。

 中風とは現代医学では脳卒中の後遺症だと分かっているそうですが、原因が分かったとしても非常に重く苦しい症状です。ましてやイエス様がおられた時代の人たちにとっては、前触れなく襲い掛かる恐怖だったのではないでしょうか。強大な力を持つローマ軍の屈強な兵士であったとしても、抗うことができない脅威です。文字通り神頼みしかないのです。
 神頼みをするにしても、なぜこの百人隊長はローマやギリシアの神々を拝むのではなく、駐留先の一民族のところへ来たのでしょうか。ルカによる福音書にそのいきさつが書かれています(ルカ7:1-10)。彼はなんとユダヤ人のために自ら会堂を建てたばかりでなく、ユダヤの長老たちのほうもこの百人隊長のために熱心に願ったほど親しくしていたというのです。

 実は当時のユダヤの人たちも異邦人と全く付き合いをしなかったということでもなく、エルサレム周辺など保守的な地域を除けばむしろ改宗者や協力者を受け入れていた節があるのです。自分の母親とともに信仰を守っていたユダヤの女性がギリシア人に嫁いでいたということもありました(使徒16:1)。信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、ユダヤの掟に対して「正しい人」と呼ばれるローマ兵もおりました(同10章)。
 弟子たちが全世界へと広がってゆく過程で異邦人の救いを追認していったということではないと福音書からも示されます。ましてやキリストを十字架につけたという不信仰ゆえにユダヤ人が退けられ、異邦人が救われたのだということでもないのです。十字架どころかエルサレムへ向かうよりもずっと前、しかもガリラヤでの宣教もまだ始まったばかりの頃からイエス様は「わたしが行って、いやしてあげよう」と分け隔てなく受け入れてくださったのです。

2.ことばの権威と信仰 (マタイ8:8-10)
 単にユダヤ人以外にも救いがもたらされたことを伝えるだけであれば、たとえば「イエスはその家に入ると、床に寝ている僕の上に手を置いて祝福された。するとたちまち僕は癒され、起き上がって神をほめたたえた」と結ばれてよいところです。そして説教者は「このように信じるならだれでも救われます。あなたも神を信じなさい」とまとめて壇を降りるといった、うまくできた話で終わってしまいます。
 ところがせっかくイエス様が来てくださろうというのに、なんと隊長さんはその申出を辞退してしまいました。「わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません」(8)とは、単にユダヤの掟では異邦人を訪問することが禁じられていることを敷いているというばかりでなく、イエス様に律法を犯すような真似はしてほしくないという意思の表れです。掟の定めに忠実な者は異邦人であっても「正しい人」と呼ばれました。

 「ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます」とはどういう意味でしょう。この百人隊長が部下へ「行け」「来い」「これをしろ」と命じるなら、それらの言葉は必ず実行されます。彼自身もまた上にある権威から命令が下れば、それは単なる言葉ではなく必ず実行されるのです。
 そして自分を権威の下にある者だと申告しながらも「ひと言」を求めたことは、イエス様の権威を自分の上にある権威より優れているとの告白です。言い換えれば神と崇められた皇帝より上の存在、つまり神そのものの権威であると言うのです。皇帝の言葉より確かであり、そのひと言は必ず実現するものなのです。

 この信仰の告白を聞いたイエス様の驚きようといったら、その賞賛ぶりから伝わって参ります。「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」(10)とやや大げさに感嘆されたのです。聞いてはいるが実際にそのような人に会ったことがない、という思いでしょう。
 かつて「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(ルカ1:45)との称賛と祝福を受けた信仰がありました。天使を通して語られた主のお言葉のとおり母マリアは聖霊によって身ごもり、イエス様がお生まれになりました。受胎告知と神のご計画を信じた母マリアに匹敵するほどの信仰を、イエス様はこの百人隊長の告白にお認めになって驚かれたのでしょう。
神のことばと信仰とによって神の子がお生まれになった、それほどのことがカファルナウムで起こったのです。

3.異邦人の救い (ローマ10:5-13)
 ユダヤ社会の中で異邦人であるローマの隊長さんがイエス様を信じようと決心したことには大きな困難もあったでしょう。他方、ユダヤ人であるイエス様の直接の弟子たちがローマ社会で福音を伝えていくときに、迫害とはまた別の難題もあったようです。
 カファルナウムの百人隊長に対して「あなたの信仰告白に基づいて割礼を施せば、あなたは立派な神の民です」とイエス様は言われたでしょうか。神のことばは必ず実現すると信じた信仰だけ賞賛されたのです。

 律法の掟の中で生まれたイスラエル人は掟によって生き、みことばと信仰によって神様の前で受け入れられるよう整えられます。律法を持たない異邦人にはその掟は要求されませんので、ただみことばと信仰によって救われるのです。このことを使徒パウロは自身の書簡のなかで述べています。 
 「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」(ローマ10:10)また「ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです」(同10:12)と聖書に記されています。

 異邦人の救いが明らかにされたとき、律法による義についてもまた明らかになりました。御言葉と信仰告白によって救いが確かめられることはユダヤ人と異邦人との違いはなく、国や民族の違いを越えてすべての人に通じます。
 「聖書のみ」「信仰のみ」との宗教改革の二大原理は私たちプロテスタント教会の礎です。正典である聖書と歴史的教会が継承してきた信仰告白との両輪によって進むのです。

4.天の国に入る者たち (マタイ8:11-13)
 福音書に戻ります。イエス様は東や西から来る大勢の人のことを、「御国の子ら」と区別してお話になっています。この時代に御国の子と言えば当然イスラエルの人たちを指しますので、世界中から集まってくる大勢の人たちは離散の民というよりも救いをいただいた異邦人と読むべきでしょう。
 「天の国で」と何事もなく記されていますが、マタイが異邦人との兼ね合いで用いるのはもっぱら「神の国」という言い回しです。それはユダヤ人の不信仰をイエス様がお咎めになる場合に見られるものです。あえてこの箇所で「天の国」と用いられているということは、割礼のない者であっても百人隊長の信仰を主がお認めになったのです。

 御言葉を求め、それが必ず実現すると信じた百人隊長は神の国と神の義を得ることができました。彼に与えられた「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように」との御言葉は彼が信じたとおり実現し「ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた」のでした(13)。
 イエス・キリストご自身による宣教活動の出発地において、既にこの時から異邦人の救いが明らかにされました。私たちもまた御言葉を求め、主に近づくことができるのです。


<結び>  
 天地の造り主とその独り子、そして聖霊である「父・子・聖霊なる、三位一体の神」様はイスラエルばかりでなくすべての人の創造主です。
 先に契約を与えられた人たちはその掟によって神様の前に生かされます。律法と契約にない異邦人、私たちには信仰の道が与えられています。二つの道に見えますが、「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」と区別なく一つの救いが与えられています。

 一口に異邦人とは申しましてもあらゆる国と地域、様々な人種や民族があります。お国柄や民族性の違いを認めつつ、御言葉と信仰、すなわち聖書と信仰告白の両輪によって主キリストの体として一つの救いにあずかります。
 私たちもまたかつては神様に背く者でありましたが、御言葉と信仰告白において聖なる公同の教会、天の国に属する者とされました。救いの恵みに感謝します。

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