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「一人は右に一人は左に」ルカによる福音書24章26-49節

2023年4月2日
牧師 武石晃正

 自分の不注意で誰かに怪我を負わせてしまったとしたら、申し訳ないという謝罪の思いとともに二度と繰り返すまいという後悔の念に駆られるでしょう。ところがもしあなたのせいで誰かの命が奪われたと知ったら、いったいどれほど心が痛むことでしょうか。
 既にキリストを信じた者にとって十字架は信仰と希望の象徴です。天地万物の創造者が罪人と同じ姿で生まれただけでも畏れ多いのに、自分の罪のために死ななければならない私のような罪人の身代わりとなって多くの苦しみを受けて贖いとなられました。

 本日は受難週に際してルカによる福音書から主の十字架の箇所を読み、「一人は右に一人は左に」と題して思いめぐらせましょう。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)

1.キリストを十字架につけた者たち
 現代ではアクセサリーのデザインなどにも用いられる十字架ですが、新約聖書の時代ではローマ帝国における公開処刑の方法でした。イエス様もお受けになられたように、ただ磔にされるだけでなく死刑が執行されるばかりの者に対して暴言と暴力が振るわれました。
 あまりにも残酷な刑であるので市民権をもつローマ人には課されることはなく、皇帝への反逆者や国賊に限られたようです。ユダヤの指導者たちは何としてもナザレのイエスを亡き者にしようと十字架刑を求刑しましたが、ローマの総督ポンテオ・ピラトは民族内の宗教事情と見なして鞭で懲らしめる程度が妥当としました(23:22)。

 ガリラヤの領主ヘロデにしてもナザレのイエスを死刑にあたるとは見ずに、侮辱するに留まりました。領主にしても総督にしても第三者の立場から冷静に見れば、ナザレのイエスに死刑に当たる罪はないのです。
 それでも感情的に十字架刑を求め続けるユダヤの人々を前に、ピラトは騒動が起こりかねないとみてやむなく要求をのむことになります。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」と群衆の前で手を洗って見せました(マタイ27:24)。

 ではなぜユダヤの指導者たちは是が非でもこのイエスと言う男を抹殺しようとしたのでしょうか。群衆からの人気を奪われてしまったことへのねたみもありますが、時はイスラエルの建国記念日ともいえる過越祭の真っ盛り、こんな時期に首都エルサレムでメシアと名乗る男が現れて独立宣言でもしようものならとんでもないことが起こります。
 祭りで高まる興奮に火をつけられた群衆は、ローマからの独立を求めて一斉に蜂起することでしょう。もしそのようなことが起これば総督の命でローマの軍隊が動き、またたくまに神殿も国民も滅ぼされてしまいます(ヨハネ11:48)。

 そこで大祭司カイアファは「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか」(同50)と提唱しました。そこでユダヤの最高法院はピラトに対し「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っている」とローマ皇帝への反逆罪として訴えたのです。
 一体どうしてこのような言いがかりのような罪を押し付けられたのでしょうか。イエス様ご自身がイスラエルの王になるともクーデターを起こすとも言ったわけでもないのですが、ところがイエス様の意に反して弟子たちが彼らの主と共に国を治めることを願っていたのです(マルコ10:37)。

 恐らく弟子たちの思いが御国の言葉に添えられて民衆に伝わったこともあるでしょう。民衆がイエスを担いだとなれば祭司長たちが逮捕に乗り切るのも時間の問題です。
 イスカリオテのユダが銀貨30枚で主イエスを売ったことは良く知られておりますが、実のところは弟子たちと群衆に担がれた挙句に梯子を外された格好です。「本当に、あなたは神の子です」(マタイ14:33)と拝んだすべての者がイエス様を裏切って十字架に追いやったことになります。

 キリストを信じて告白した時点で、私もまたナザレのイエスを十字架にかけたことに加担しているのです。


2.十字架を背負った者たち
 朗読の箇所はとうとうイエス様が処刑場である「されこうべ」と呼ばれるゴルゴタの丘へ向かう場面から始まります。最後に「イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた」(49)と記されておりますので、遠巻きにしていた弟子たちの視点で読んでいます。
 かねてより「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない」(14:27)と言われていたのに、弟子たちは誰一人として御そばにおらず、見ず知らずの男が十字架を背負って従っています(26)。「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(22:33)と誓ったシモンの姿ではなく、たまたま見物していただけの同名の男です。

 その後ろを民衆と嘆き悲しむ婦人たちが連なりますが(27)、これは実際に悲しんでいるのではなく生きている人に対しての葬送の列を模したあざけりです。ガリラヤからずっと従って来た婦人たちもまた、主の後に続くことができずに遠くから眺めているばかり(49)。
 続いて「二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った」(32)と十字架を背負って従う者たちの姿が見えます。処刑場にたどりついた受刑者は3名、処刑人はナザレのイエスを真ん中にし、犯罪人も一人は右に一人は左に十字架につけました。

 遠くから見ていた中にはゼベダイの子ら、ヤコブとヨハネもいたでしょう。彼らはかつてイエス様に「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」(マルコ10:37)と願い出ましたが、イエス様の右と左には赤の他人がつけられたのです。
 シモンならびにヤコブとヨハネは都に上る前、フィリポ・カイサリア地方に山の上でイエス様が栄光の姿に変わられたのを見ることが許された特別な3人でした。ところがこれほど立派な弟子たちでさも、主が3度もご自身の死について予告されたのにその意味を正しく受け取ることができなかったというわけです。

 ペトロと呼ばれるシモンの代わりにキレネ人シモンが主の十字架を背負い、ヤコブとヨハネはあれほど求めていたイエス様の右と左の座を他人に譲ってしまいました。この事実は4つの福音書すべてに記されておりますので、私たちは誰ひとりとして自分の意思や努力で救いを得ることはできず、ただ神の恵みによるのだとキリストの十字架に示されます。


3.救いを受けた人々
 弟子たちは結果的にイエス様を見殺しにしたわけですから、ぶどう園のたとえの中で主人の息子をぶどう園の外にほうり出して殺してしまった農夫たちと同罪です(20:15-16)。彼らが受けるはずだったものは他の人たちに与えられ、それまでに使徒たちでさえ届けることができなかった人たちへ天の御国が開かれました。
 キレネ人シモンはこの日エルサレムにいたのでイエス様に出会うことができ、彼の二人の息子たちは後に主の教会に仕える者となりました(マルコ15:21)。犯罪人たちは2人とも同じようにイエス様をののしっていましたが(マタイ27:33)、そのうち一人がこの「ユダヤ人の王」を神からのメシアであると信じました。

 同じ罪人でも「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と求めた者がおりました。いまわの際にも救いを求める者に対して主は「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と迎えてくださいます (43)。
 昼の十二時ごろから三時まで辺りが暗くなりました(44)。いよいよ主が息を引き取られるに際して「成し遂げられた」(ヨハネ19:30)と言ったとき、神殿では神と人とを隔てる垂れ幕が真ん中から裂けました。

 律法による幕屋を中心とした贖いが完成し、異邦人にも恵みが注がれたことが示されます。ローマの百人隊長でさえ「本当に、この人は正しい人だった」と告白したのです。
 死ななければならない罪人と共にキリストは十字架に架かり、異邦人の口を通して神の子であると告白されました。一人は右に一人は左に犯罪人は十字架につけられましたが、イエスを主であると告白した者だけが今日キリストと一緒に楽園にいるのです。

 
<結び>
 「イエスは言われた。『確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。』」(マルコ10:39-40)

 主イエスを神からのメシアであると告白し、死にまで従うと誓った者たちが裏切りました。熱意をもって願い出た者たちは、主が栄光をお受けになった時その右と左の座を他の人たちに譲ってしまいました。
 右と左に犯罪人がつけられた真ん中にある十字架を仰ぐとき、イエス様の弟子たちは何を思ったことでしょうか。だれ一人として自分の思いや願いによって主のもとに近づくことはできず、これは人の意志や努力ではなくただ神の憐れみによるのです(ローマ9:16)。

 十字架の言葉を読んで祈りましょう。
「そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」(ペトロ一2:24)

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