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「栄光に輝くイエス」ルカによる福音書9章28-36節

2023年3月19日
牧師 武石晃正

 受難節第4主日の礼拝です。受難節は主日(日曜日)を除く40日間をキリストの苦しみを覚えつつ自らを省みる期間です。
 自らを省みると申しましても、必ずしも自分を責めたり追い詰めたりすることばかりではないでしょう。傍からは大したこともないと理解されない悩みや苦しみを抱えているのであれば、受難と死を告げたのに弟子たちが真に受けなかったことへのイエス様のお気持ちにも通じることです。

 地上で苦しみを受けられた方が天に昇り、父なる神の右に座しておられます。苦しみの中にあって栄光を受けられた救い主を覚えつつ、本日は「栄光に輝くイエス」と題してルカによる福音書を開いています。


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(引用は「聖書 新共同訳」を使用)


1.モーセとエリヤが現れる
 ナザレ人イエスとは何者であるのか、これは今から約2000年前のパレスチナのある地域において多くの人々が抱いた関心事です。ユダヤの指導者たちは「自分を神として神を冒涜する者」と疑いをかけ(ヨハネ10:33)、群衆は洗礼者ヨハネや預言者エリヤあるいは他の預言者の再来であろうと噂をしていました(ルカ9:19)。
 ルカがペトロの言として「神からのメシアです」との告白を記していますが、別の箇所では弟子たちがこぞってイエス様を拝んでいますので(マタイ14:33)みな同じ思いを抱いていたことが分かります。イエス様は弟子たちだけに「人の子」と呼ばれる「神からのメシア」が「長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている」(9:22)と必ずお受けになる苦難と死を予告されました。

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(23)とイエス様が弟子たちに覚悟を求めてから8日ほど経ちました(28)。マタイとマルコは「六日の後」(マタイ17:1)と数えています。
 いずれも7日という特定の数字を避けたようで、そうこうしているうちに1週間ほどが経ったという意味合いです。幾日と定めていたでもなく、頃合いを見てイエス様が3人の弟子を伴って山に登られました。

 ペトロ、ヨハネとヤコブはイエス様の最初の弟子であり(5:1-11)、最も長い付き合いです。登られた山はフィリポ・カイサリア地方というガリラヤよりも北の果てにありましたから、死の覚悟を伴ってエルサレムへ上るための最後の決断の場となります。
 「祈るために山に登られた」(28)とありますので、ガリラヤ湖畔でも(マタイ14:23)オリーブ山でも(ルカ22:41)弟子たちとある程度の距離をとって一人で祈られたことを思わせます。「ペトロと仲間は、ひどく眠かった」(32)とはオリーブ山で眠り込んでしまった弟子たちの姿と重なりますが、旧約のダニエル書でも白い衣を着た方の幻がダニエルの眠っている夢に現れたものですから (ダニエル7章) 眠気が伴うのは致し方ないようです。

 眠気に抗う弟子たちが見たものは、お顔の様子が変わって服が真っ白に輝くイエス様の姿でした(29)。そしてイエス様のそばに立っているのは旧約の律法と預言者を代表するモーセとエリヤ、彼らが語るところはイエス様がエルサレムで遂げようとしておられる最期、ちょうど数日前に彼らがイエス様から聞いたばかりの話です。
 まばゆい光に包まれた3人の姿に心を奪われてしまったのか、語り終わって離れて行こうとするモーセとエリヤを見たペトロが思わず口を開きます。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」(34)

 仮小屋は幕屋とも訳される語で、とにかくペトロはこの2人の神の人たちをその場に留めておきたかったようです。もしモーセとエリヤがイエス様に加勢してくれることになれば、これから都に上ろうという時に絶大な助けを得られましょう。
 そうなればイエス様は長老、祭司長、律法学者たちによって殺されずに済むはずです。その上、偉大な人たちと肩を並べる者として多くの人がイエス様を敬いあがめるでしょう。

 ところが弟子たちの期待と裏腹に「雲が現れて彼らを覆った」のでした。彼らを包む雲の中から聞こえたのは「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」と言う声です。
 この声の主はかつてモーセに「わが栄光が通り過ぎるとき(中略)わたしが通り過ぎるまで、わたしの手であなたを覆う」(出33:22)と語られた方です。そしてエリヤがホレブの山で聞いたのは、大風と地震のどよめきの後に「静かにささやく声」(列王一19:12)でした。

 目で見たものがいかに素晴らしいものであっても、あのペトロでさえ正しく判断することができず「自分でも何を言っているのか、分からなかった」というのです(33)。神の前に確かなものはあなたが見たもの聞いたものではなく、神の選びと聖書の言葉です。


2.覆い隠された栄光
 「これに聞け」と言われたペトロが後に書簡の中で「わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです」(ペトロ一1:18)と証しをしています。「こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています」と、かつては自分で何を言っているのか分からなかったペトロが、自分の目で見たものではなく聖書の言葉を確かなものであると証言しています。
 山の上でイエス様が栄光をお受けになったことによって、何が確かなものとされたのかを旧約聖書に辿ってみましょう。顔が変わって光り輝いたという点において、イエス様の変貌はシナイ山でのモーセに重なります(出34:29-35)。

 使徒パウロはこのモーセが受けた栄光を「つかのまの栄光」と呼んでいます(コリント二3:7)。それは消え去るものであり、実際のところイエス様が山上でお受けになった栄光もひとときのことでした。
 モーセが40日40夜にわたってシナイ山で神様と語り合ったので、なんとその顔の肌が光を放つようになりました(出34:30)。彼は主が語られたことをイスラエルに命じ終えると自分の顔に覆いを掛け、再び御前に行って主と語るまで顔に覆いをかけました(同35)。

 これは顔が光っていたら見た人が驚いて恐れてしまうという理由もありましょうが、パウロによると「消え去るべきものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして」モーセは自分の顔に覆いをかけたと説明されています(コリント二3:13)。輝く顔を見てモーセを神の人であると畏れ敬うのであれば、輝きが失われていくのを見た時にはただの人に過ぎないと侮ることになるからです。
 事実、イスラエルの人々はモーセが「選ばれた者」であることを忘れたために、しばしば神様の言葉に反抗したのです。神の民でありながらも神の選びと神の言葉によらず、彼ら自身が目で見て良いと思ったものによって判断したからです。

 イエス様が山の上でモーセとエリヤと共に神の栄光をお受けになった際も、それが取り去られようとするときには雲が現れて彼らを覆いました(ルカ9:34)。輝くお姿を見ることを許されたのは最初から弟子であった3人だけであり、この人たちはイエス様が洗礼を受けられたときにも天からの声を聞いている者たちです。
 思えば律法学者やファリサイ派の人たちばかりでなく、ナザレの人たちもイエス様にしるしを求めました(11:16)。証拠を見せろという者ははじめから疑っているので、もしイエス様がこのすばらしい姿を見せたとしても「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」との御声までは彼らの耳に届かないのです。

 目で見て判断ができる物事は地上のものであり、この世と同じ評価をするのであれば御国の栄光は覆われたままです。預言者エリヤもまたモーセと同様に、心に覆いが掛かっている民の反逆によって大いに苦しみました。
 さて、主がエルサレムに向かわれるにあたって山に登られたのは、ご自身の祈りに加えてモーセとエリヤと語らうためでした。山の上で主の栄光を見た者は目で見たものを受け止めきれませんでしたが、御声を聞いたことによりこの「選ばれた者」に従いました。


<結び>
 「わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。」(コリント二3:18)

 世にあって目に見えるものはみな消え失せます。ペトロは聖なる山に仮小屋を建てることはありませんでしたし、主イエスがお受けになった栄光でさえも雲に包まれると見えなくなりました。
 確かなものは神の選びと聖書の言葉であることを主イエスは山の上で弟子たちに示しされました。そしてお受けになった栄光を捨てて、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺される道へと向かわれたのです

 三日目に復活された主は、今や天に昇り神の右に座しておられます。今は私たちの目には見えませんがこの方に希望を置く者はみな、主の霊の働きによって主の栄光を移しながら栄光に輝くイエスの似姿へと造りかえられるのです。
 「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(コリント二4:18)

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